弁護士であり天才思想家の南出喜久治先生の著作「自立再生論」の第六巻「萬葉一統」の現代語版「まほらまと」を読んで要約したものです。
この理論は憲法論について調べていたときに偶然ネットで見つけたものでした。正仮名遣いのものはネットで無料で読む事ができます。神代の時代から現在、そして未来までを貫く視点というのでしょうか。目先の現象だけを追いかけず、事の本質を見抜き、それに日本人としての確固たる視点を持って書かれているという印象を持ち、目から鱗が落ちる思いを何度もしました。

今後、内容を改訂する可能性はありますが、ひとまずここに掲載させていただこうと思います。
先生の理論は各人が次に自分が何をすべきかを考えるきっかけになるものです。テーマは多岐に渡りますが、一歩一歩取り組めば良いと思いますし、やればできることが多いです。

 

自立再生社会の実現

原典:國體護持總論第六卷「萬葉一統」南出喜久治著

自立再生論

独立国家とは

独自の統治権を行使でき、独立を宣言して国際的に承認され、経済的に自立していることが独立国家の条件です。経済的に自立しているとは、国家が生存する上で必要最小限度の基幹物資を自給自足する体制を持っていることです。基幹物資とは人間が生きていくために必要な食料や水、エネルギーなどの物資のことです。経済的な自立が失われ他国への依存が高まると政治的な自立も失われていきます。平時に政治的独立を謳歌していても、緊急時に基幹物資の調達ができなければ国家存亡の危機に直面してしまいます。またたとえ基幹物資の備蓄があったとしても、消費による枯渇があるので、自給自足体制の確立は必須です。自立再生論は国家が独立しているという状態を完全に作り出すための、政治、経済、産業、文化などのすべての要素を対象にした統一理論です。

反グローバル化運動

自立再生論は、人、物、金が国境を越えて行き交う米国主導のグローバル化が貧富の格差を拡大し環境と文化の多様性を破壊することに反対する反グローバル化運動に似ており、地元密着型の自給自足経済を確立し、不必要な貿易や不健全な活動を制限するという反グローバル化運動の一つである新保護主義の発想と方向が一致します。

新保護主義は、資源税の導入、資本の統制、多国籍企業の統制、新競争戦略、自立に向けた貿易と援助、国家及び地域レベルでの輸出入の制限、政府の再強化などを特徴としますが、自立再生論がこれと違うのは、1)大東亜戦争を悪として断罪した欧米思想を引き継がないこと、2)大企業を悪として強制的に解体させようという考えには反対し、必然的に淘汰される方向を目指すこと、3)閉鎖循環系の思想を持つこと、4)資源税の発想は生産者に課税するものですが、これは過剰生産は悪であるが過剰消費を悪とはせず、消費を抑制する効果が薄い(広告宣伝などで価格上乗せ分を回収しようとする)ため、奢侈品に対する累進課税と流通に対する消費税の方が消費を抑制できるという考え方であること、5)単位共同社会による内需拡大=無限小への発展を指向すること、6)政府の再強化には反対であることです。政府の再強化は危険な発想です。なぜなら、中央と地方との多層構造による「大きな政府」や富国強兵政策を推進するための「開発独裁」と同じように、自給自足経済を保護する「環境独裁」を生む可能性があるからです。これは「プロレタリアート独裁」の理論に似ています。「プロレタリアート独裁」に似ているという意味はこうです。独裁権力は一時期的なものでは終はらず、一度権力を持ってしまうと、権力の自己増殖本能、自己保存本能から恒久独裁になることが必至です。プロレタリアート独裁の理論も、革命が成功したときは権力は消滅するとしましたが、そうではありませんでした。「革命は未だ成らず」として永遠に続くのです。そういう理論と現実との齟齬がプロレタリアート独裁に似ているという意味です。

国際貿易主義と国際分業体制

これまでの国際化の流れは、経済交流に力点を置き、交換経済の果ての国際分業による、自給率の低下のための交流という様相を呈しており、これが紛争の国際化の要因になっています。

マルクスに決定的な影響を与えたデビッド・リカードが自由貿易政策の理論の基礎を作ったと言われています。リカードは重商主義的な保護貿易政策を批判して、自由貿易政策を提唱し、自由貿易によって、各国が輸出の対象となる商品の生産費が他国のそれと比較して有利(優位)となる商品をそれぞれの国が集中的に生産して相互に輸出して貿易することによって国際分業を促進させ、これによって相互に利益をもたらすという比較生産費説(比較優位説)を主張しました。

ところが明治期の日本は国内産業資本の要請によって、この比較優位説により自由貿易を促進した結果、国際競争が激化してリカードが言うような国際分業による相互利益の確保ができませんでした。欧米は自由貿易では利益が得られないと認識して、アメリカは昭和五年の『ホーリー・スムート法』により保護貿易主義に戻り、イギリス連邦諸国は昭和七年に『オタワ会議』による経済ブロック化を行います。これが世界恐慌の引き金となり欧米経済に依存していた日本は大きな経済的打撃を受けました。

自由貿易は必然的に国際分業化を促進させるため、基幹物資の生産の分業化を推進することになり、消費国化する国は当然に自給率を低下させて不安定化します。また生産国も余剰生産物を輸出してその対価によって他の基幹物資を調達することによって消費国化します。余剰生産物が減少したり、需要が低下すると生産国も不安定化することになります。つまりリカードの比較優位説は相互依存を促進させて不安定化するための理論だったということになります。

生産至上主義の下、国際自由貿易主義や国際分業体制を推進した結果、それが世界の不安定化要因になっているという認識も必要です。 生産至上主義は、無限大方向に発展し続けることを夢想した思想です。例えば人を死に至らしめるガン細胞も人の体の中で増殖しつくした結果、人が死んでしまえばさらに増殖することはできません(飽和絶滅)。それと同様に、資源が枯渇するような経済活動を続けていれば、その資源を使って生活する人間も生きていくことができません。つまり、これまでのような国際貿易主義や国際分業体制を場当たり的な対処をしながら継続するということは、飽和絶滅方向にアクセルを踏む一方で、それぞれの国がブレーキを踏みながら持ちこたえているのと同じです。これを放置していては根本的な問題の解決に至りません。

再生経済論

当初の商品経済は余剰生産物を商品として取引するものでしたが、次第に利益追求原理から販売目的の大量商品を生産するようになりました。商品経済は、自給自足という財の生産と消費の一体性を崩壊させ、生産と消費を分離して他者との分業と交換によって成立します。そして、交換価値の尺度としての便利さから、貿易決済の道具となって世界中に拡大した貨幣経済、将来の交換価値を不確かな信用に基づいて行う信用取引、財政状況や経済成績の実質的な投影ではなく政治的経済的意図によるアナウンス効果によって左右される株価や為替に翻弄されているのが現在の経済で、すべてが拡散の方向に向かっています。

この経済は無限の欲望の投影であり、生産者と流通者の利益追求の欲望と消費者の消費の欲望を満たすものです。人も国家も際限なく成長するという幻想を持ち、貯蓄から投資へという合い言葉に釣られて投機対象を漁り続け、ケインズ的な公共投資によって需要面から牽引するか、新自由主義的な供給面から牽引するかの政策選択しかありません。これ以上の需要を拡大するためには、虚業経済によるか、実体経済によるのであれば、戦争による特需と復興を繰り返す戦争特需以外にはありえません。

再生経済論とは、経済活動を生産、流通、消費、再生の4部門に産業を分類し、生産、流通、消費は再生に奉仕するものと位置づけます。これは再生できないものを大量生産すること自体が「もったいない」とする発想です。再生できずに廃棄してしまう製品を消費してはならないという消費抑制原理が働くことで、消費してはならない製品を生産してはならないという流れを作りだします。

再生限界は他律的に決まるので個人の自覚に頼って取り組むのには限界があり、消費量の総量規制を行う、または優先順位を定めて消費の種類別に消費量を調整する必要があります。石油などの埋蔵燃料やウランは、一度燃焼消費すれば再生が困難なので、本質的には再生経済には馴染みません。ただし、すぐにそれらの使用をやめるのは困難なので、再生可能資源の実用開発に全力で取り組み技術革新を行いながら、徐々に埋蔵燃料やウランの使用をやめていきます。

方向貿易理論

国際貿易については、「将来の貿易をなくすために貿易を継続する」という考え方で、次第に基幹物資の自給自足体制に向かうようにします。そのための理論が方向貿易理論です。

鎖国は本来は自給自足体制を崩壊させない程度に特定国との貿易を行うという制限貿易制度でした。「鎖国」か「開国」かという現象面の選択ではなく、「依存経済」か「自立経済」かという選択に注目すべきで、方向貿易理論は、懐古趣味や復古主義での鎖国ではなく、全世界の多様な伝統や文化の再生と復権を目的としています。

これまでの世界思想が、政治や経済の社会構造を一律に提示するもので、各国・各地の風土や文化と適合せずに軋轢と対立によって行き詰まっている中、方向貿易理論はそれとは違う方向を示す世界思想です。

この理論の利点は2つです。1)具体的な社会構造の到達点を示せば、その価値観を示すことになり思想対立が起こりますが、方向のみを示すこの理論ならば、その対立を回避できる可能性があること、2)反グローバル運動や新保護主義と共通する手段としての理論であれば、様々な思想や理論と連携できる可能性があることです。

方向貿易理論によって、各々が目標を設定して貿易量を減少させ、貿易依存の産業が衰退し、自給自足へ向かう方向性が活発になり、産業構造が自給自足体制に転換していくので、耐乏生活を強いる方向ではなく、産業構造の転換で新たな社会資本や雇用の増加が見込め、しだいに社会は安定していきます。

自立再生社会

自立再生論に基づいて作られる自立再生社会は、家族、社会、国家、世界が動的平衡を保った堅固な雛形の社会構造です。

自立再生論は、閉鎖循環系の自立再生社会=単位共同社会の極小化を目指す理論です。単位共同社会の極小化によって、自給率向上のための技術革新と新製品の製造販売による内需拡大を推進しながら無限小方向への発展を目指します。雇用は単位共同社会の中で吸収されることになります。

これまでの循環型社会の主張のような、生産を原点として過剰生産はやめようという動脈思考ではなく、自立再生論には、生産や消費の限界は再生の限界によって決定されるという静脈思考が根底にあります。

複雑で大規模な統制を必要とする社会構造は、それを管理統制できる者だけが社会と経済を寡占支配することになり、政府の権限が増大して、生殺与奪の権減を掌握した者の寡占政治となって腐敗します。それに対して、自立再生社会では単位共同社会が自立的にその内部で自らを統制し、他の単位共同社会とは協調、補完する関係を持ち、単位共同社会内部では処理しきれない問題については複数の単位共同社会が連合して対応します。

自立再生社会に向かうことで、自給自足経済体制への移行が進み、その結果として、貿易依存率や海外への金融資本への依存率を低下させながら、金融資本は国内単位でのみ循環するようになります。一国だけで自給自足が成り立たない場合は、一旦経済ブロックを形成して、自立自給の方向に転換した後に経済ブロックを解消します。石油などの特定の地域に偏在する基幹物資については、物資ごとに経済ブロックを形成して、代替え物資や手段への投資と開発を行いながら徐々に経済ブロックを解消します。石油はエネルギー資源であると同時に製品の原材料でもあるので特別な配慮が必要ですが、生産国の既得権益を確保しながら、公共財として特定の組織(石油メジャーやOPECなど)の寡占状態をなくすように、自給自足へ向かう国家が連合して石油利権組織と粘り強く交渉する必要があります。

農業政策の見直しも必要です。米は種米の確保と食糧用の長期保存に適しており、日本には米を完全自給する能力があります。

稲作農業を国家緊急時に対応しうる基幹産業と位置づけて、他の農業、畜産業、林業、漁業の振興とともに自給自足体制に移行します。

減反政策をやめ、休耕田の耕作再会によって増産される米を籾米の状態で備蓄米として出荷調整することで、農業人口の削減を防ぎ農業関連の雇用創出などの農業の維持と振興を行いながら、流通価格を調整して米価を安定させて、消費地近郊で備蓄して危険分散を行います。

籾米は籾殻がカプセルの役目をするために米が生きたままの状態で、つまり美味しいままの状態で保存が可能です。現在でも米の備蓄は玄米の状態で行われていますが、年を越えて保存された玄米は「古米」として流通に回されています。玄米は米が生きたままの状態で保存できないために、籾米と違って味は落ちていき、食料としての価値を減少させていきます。また、長期間の保存に適さないことから、大量に備蓄することができないため、大量に栽培することもできません。結果として、減反という生産調整を行うことになり、その生産調整のための保障として税金が投入されるという悪循環を招いています。

 

自立再生社会の実現

方向貿易理論と効用均衡理論

自立再生社会の実現は、効用均衡理論と方向貿易理論を利用して、閉鎖循環系の自給自足可能な単位共同社会を作ることです

方向貿易理論は、各々が目標を設定して貿易量を減少させて、産業構造が自給自足体制に転換することで新たな社会資本や雇用の増加が見込め、しだいに社会は安定していく方向に向かう理論です。

効用均衡理論は、政治参加に関して自己の意思と一般意思が一致するほど物事を推進する力が増して意思実現性が大きくなることと、その反対に自己の意思と一般意思が相対してその物事を推進する力が暴走しないような制御を行うための監察必要性が大きくなることを組み合わせることで、政治の腐敗を防ぐ理論です。

効用均衡理論は、多数者(多数決で勝った側)に物事を推進する権利を与え、少数者(多数決で負けた側)に監察権を与える方式(羊羹方式)と、徳のあるものを任用し(役職による権限を与える代わりに減給する=権勢欲と名誉欲を満たす)、功のあるものに賞を与える(権限を与えない代わりに昇給する=物欲を満たす)方式(焼き魚方式)の組み合わせです。

産業廃棄物の処理

流通過程でしか使用されない梱包材、適正処理困難物、重金属やヒ素などの有害廃棄物に代わる、自然分解できる代替え品や画期的な技術革新が必要です。資源として再生を予定しない使い捨て商品、粗大廃棄物、流通過程でのみ必要な容器、包装材料、完全な消費に至らない残飯や生鮮食料品などは、ほとんどが生産過程と流通過程で生じているので、これらも徐々に代替え品に移行します。

汚水の処理

これまでの水質汚濁防止法では、業種別に排水基準を設けるなどの特定業種を保護する考え方(行政官僚や利権集団による妨害や省益)により水の汚濁の進行が止まりませんでした。水は人々の共有財産であり基幹物資であるという認識の下、再生費用は汚染者負担の原則を適用します。

再生費用の負担

再生にかかる労務及び金銭は、生産者、流通者、消費者が応分に負担する受益者負担の原則を適用します。石油メジャーやOPECなども生産者として再生コストを負担すべきです。

エネルギー資源

枯渇性資源(再生不能資源)に頼らない技術開発を促進し、電気事業法を改正して数社の電力会社による寡占をやめ、小規模分散型の供給体制を作ります。

米と農政

元来、日本は森の恵みによる木の文化と稲の恵による米の文化が融合していました。

生産性が高く備蓄可能な米は、減反をやめて増産し、備蓄によって流通量を調整することで価格を安定させます。

また、現在では大規模集中型の供給体制ですが、自給自足単位を極小化の方向に転換し危険分散を図るために、都市の農村化、市民の農民化を進めます。農地を非農地に転用することを禁止して農地を維持し、市民が農地に参入しやすくなるような農地法の改正を行う必要があります。

近くて遠いものを食べる

「近いもの」とは「生産地と消費地の距離」と「素材との距離」が短いものをいいます。

食糧の供給については、フードマイレージ(生産地と消費値の距離)を減らすことによって、流通の過程で使われる水(バーチャルウォーター)の消費を減らします。最終的には生産者と消費者が同一となる自作消費へ向かうのが目標です。

また、素材との距離を短縮することも大事です。その土地でとれた旬のものをその土地の伝統的な調理法で食べ(土産土法)、工業製品と同様の分業化に支えられ、流通に不可避な梱包材の使用、食品添加物の量と種類の増加、異物や毒物の混入の機会の増加、残飯の増加に結びつくために、極力、加工食品やファーストフードは食べないようにします。

遠いものとは生物としての系統が遠いものをいいます。

食肉や乳製品からは離れて、将来的には酪農を禁止する。牛肉1キロに必要な穀物は15~16キロと食料としては損失が多いです。また、日本人は腸が長く、肉やパンを食べると残渣が腐敗し、その腐敗物を腸が吸収することで病気の原因となるので健康上の理由からも、遠いものを食べるようにします。

単位共同社会の未来像

家族全員が大家族で暮らし、家庭で電力その他のエネルギーや食料を自給し、水を汚水処理して循環再生し、し尿も肥料などとして再生する。その暮らしは、生産者であり消費者でもあり、人々は心身を鍛え徳器を磨き、娯楽や遊興に節度を保ち、公共・公益のために学問と技術を研鑽し、人格の形成に熱心です。雇用は単位共同社会の中に吸収されて雇用関係に伴う紛争が減り、物的交流の範囲を極小化しながら無限小の方向で内需を拡大します。それに対して人的交流と情報交換の範囲を広げていきます。富の認識は、家産の取得と基幹物資の備蓄へと変化し、貨幣は補助的なものになります。このような単位共同社会が世界の隅々まで情報通信網によってつながるのが単位共同社会の未来像です。

石油、メタンハイドレード、ウラン、貴金属などの産出地が偏在する物資は、国家利権の対象となるので依存しません。その代わりに、土壌と水から得られる触媒物質と簡易な原理によって電気エネルギーを得る方法が発見されて、世界のどこでも電気が作れるかもしれません。自発核分裂があるのと同様に自発核融合(常温核融合)があるはずです。そうして食料とエネルギーの争奪状態から世界が解放される日が来るでしょう。

農業や畜産業や林業と合業化されます。落ち葉が枯れ葉に、枯れ葉が微生物により腐葉土に、腐葉土が雨水によって河川に流れて河川内での食物連鎖があり、その河川の水が海に流れ、農業用水としても使われます。また、微生物から水鳥までの食物連鎖を活用して、不耕起、不除草、不施肥ないし有機肥料による自然農法が行われます。

漁業においては、乱獲を禁止し、大きさの異なる魚を廃棄することによる漁獲量と流通量のアンバランスをなくします。

これらを実現するために、種苗の保存、備蓄、土壌栽培、水耕栽培、植林、伐採(穀類、根菜類、茎菜類、葉菜類、果菜類、花菜類)の技術、魚介類の捕獲、養殖、加工、保存の技術、裏作、二期作、二毛作の技術、好気性菌、嫌気性菌、発酵菌の活用の技術、触媒、負触媒の活用の技術、土壌、水質の維持と改良の技術、肥料、飼料、保存食の製造と備蓄などの技術を開発・普及・共有し、それらを地域、風土、気候で分類整理します。

このような単位共同社会がつながって作られる国家の枠組みは、類似した単位共同社会の情報を統括、分析、伝達する統合機関として、再生税と福祉税の分配を決める小さな政府を持ち、その政府は共益費用で運営されます。

単位共同社会内で技術的などの理由で処理が不可能なものは、隣接する他の単位共同社会などと連合し、それでも不可能な場合はその範囲を同心円的に拡大して共同処理します。

一般医療については単位共同社会内で、専門医療は広域的全国的な医療機関が対応し、治安は単位共同社会の連合体で対応します。

税制は、受益者負担又は汚染者負担原則による再生税(目的税)、弱者保護の共助原則による福祉税(目的税)、小さな政府を運営するための共益費用としての人頭税を中心にし、自立再生に向かう非事業者の所得と家産を形成する農地には不譲渡を条件に非課税にし、金融資産などの家産を形成しない資産や反復継続的に営利を目的とする事業を行う法人・個人には課税します。さらに雇用を確保するため、雇用者数の増加に伴って減税率を累進させます。

単位共同社会では、人々が生産者であり消費者であることを自覚するようになることから、家族単位で自律的に人口調整が行われるために人口問題は解消する方向に向かい、民族集団や宗教集団がそれぞれに単位共同社会を形成できるため民族間及び宗教間の対立が減少し、飽和絶滅に向かうEC統合や道州制などの拡散指向の社会から、収束指向の社会に転換してより安定的な社会として発展します。

 

万葉一統

現代の社会は、人類を一つとみなさず民族や宗教を区別又は差別し、人間以外の動物は人間が生存を維持するためのいけにえとして扱う人間中心主義が蔓延し、学歴取得競争や就職競争により差別思想の原型となる勝者と敗者への分化が進行しています。強者が栄華を謳歌するための強者教育を行い、強者が弱者を救済する聖者教育にはなっていません。

このような問題を克服するために、教育・宗教・政治の原点を見つめ直して統合し、自然と人間が共生する社会を作るのが万葉一統の思想です。

日本(人)には、至誠を貫き、率先垂範して国家を経綸し、国体を護持しながら、伝統による叡智と努力を世界に捧げて、万葉一統の理想世界を実現する責務があります。