「お百姓さん頑張れ〜!!!!」

それじゃいけないと思って書きます。
自分は頑張らないで他人に頑張れてというのはどうも気持ちが良くない。
それと、みんなそれぞれに頑張ってるわけで、わざわざ頑張れというのも気持ちが良くない。

有機農業というと、なんだか良さそうに思うんですけど、20種類くらいの農薬は使用が認められていて、それら以外を使わなければ有機農法と名乗っていいという。
生活の糧=お金を稼ぐために農業をやっているのが、今のほとんどの農家なんですよね。
よく小さな農家のおじいさんおばあさんが、市場では売れないからってくれるジャガイモなんかは、形がちょっと悪かったり小さかったりするだけで普通のジャガイモです。捨てるくらいなら食べる人にあげるということですね。
魚もそうです。
漁獲量と流通量に差がある。

商売でやっているので、収穫量よりも流通量に関心が向きますね。
「売れる」ものを作らないと流通量が上がらないわけだから、そのためにいろいろなことをします。
農薬もその1つ。
さらに生活を安定させるために、いつでも「売れる」ものを作らないといけないから、そのための設備や機械を用意して運用します。
なかなか自然農法で百姓をやっても生活が成り立たないというのが現実なんでしょう。
聞いてみると、ほとんど自然農法をやっているところはない。

農薬や様々な設備や機械を動かすのには、大量の石油が必要です。たぶん石油由来の農薬、ガソリンや軽油を使う設備や機械が多いと思います。
この石油は自給率は0%に近いので、実質的食料自給率は

流通量/必要量*エネルギー資源自給率の生産に関係する割合(<=1.0)

みたいな式に乗せると、呆れるほど低い数値になるはずです。
これが実質的な食料自給率のモデル。簡単ですけど。だいたいこんな感じ。

こういう状況だと、「お百姓さん頑張って」では自給率はそんなに上がりません。今の仕組みでは。
農業に企業が参入して大規模化しようという考え方もありますが、それはこのモデルに乗っかるものなので、それでも自給率はそんなに上がらないし、むしろ合理性や効率を重視して農業というものを破壊しますね。論外です。自由主義に毒された人間の戯言です。

農業は小規模の方がいいんです。
究極はそれぞれの家庭で農業をやるのがいい。
そういう方向性で考えるといいと思います。

なぜかというと、例えば家庭菜園(片手間でやれる小規模農業)のような規模だと、太陽の光、水、土以外はほとんど使わなくていいです。雨水や井戸水を使うと、もうほとんどコストはゼロ。枯れ葉を集めて腐葉土を作ったりすることはありますけど、腐葉土を作るのに石油などのエネルギー資源は使わない。
収穫量と流通量(消費量)はほぼイコールです。
エネルギー資源自給率の生産に関係する割合は1.0です。
実質的な食料自給率はこちらの方が高いです。

「お百姓さん頑張って !」ではなくて、こういう小さな積み上げをして行った方が最終的には自給率は上がる。

お金がいっぱいある方が豊かだとか、お金がないと生きていけないとか。
そういう価値観から離れるのは難しいとは思いますが、いずれ金融も破綻するだろうし、石油資源も枯渇するだろうし、離れないわけにはいかない価値観なんだと思います。離れないと大量生産大量消費大量廃棄の結果の絶滅ということにもなりかねない。

「こっちに走ろう」という方向性です。
「大規模」じゃなくて「小規模」へ。
「買う」ではなくて「作る」へ。
そこに「楽しんで」という要素が加われば尚良い。

 

昨夜は自作ギター3号機の指板を加工する準備と2号機の塗装の続きをやりました。
2号機にはラッカー系のサンディングシーラーを塗っているところですが、シンナーを使うので部屋の窓は全開。
窓全開で暖房をつけるのはおかしいので暖房はつけない。

昨日は東京で粉雪が落ちてくるような天気でした。一昨日は少し暖かかったのですが、昨日は急に気温が下がりました。
そんな日に部屋でシンナーを使ったのは大失敗。
窓全開で寝る羽目になって、少し眠りが浅くなりました。

そうではなくてもシンナーを使うのは、本能的にこれは危ないと思わせる臭いがあるので、あまり好きではありません。
この臭いが障害となって、ギター作りのようなことに二の足を踏む人もいるんじゃないでしょうか。

結局、一旦、乾いたサンディングシーラーを削り落とすように研いで、もう一度導管が粗いところにサンディングシーラーを塗って寝ました。

塗装が下手だという苦手意識もありますが、この臭いが苦手なのもあって、この塗装という作業は好きになれません。
当面避けて通れそうにないですけど、ラッカーを使わない塗装にもいずれ挑戦してみようと思います。