親米右翼という実際は従米左翼の人とかってたくさんいるでしょ。
もう俺たちはアメリカには逆らえないから、アメリカは怖くて批判できない。だから批判する先は支那や韓国にして、とりあえず鬱憤を晴らしている。そんな風に見える。

チベットやウィグルでの民族浄化に腹を立てるけれど、日本中に焼夷弾を落とし原子爆弾を落としてて世紀の大虐殺をし、占領中に婦女暴行や殺人を繰り返したアメリカに対しては黙ってる。

 そういう人たちを見てると日本人って何?日本人らしさって何?って考えてしまいます。
日本は祭祀国家。
天皇が祭祀をしている、国家元首が祭祀主の国です。
祭祀をすることで日本が日本たらしめられている国です。
学校や家庭で教わらないから知らないだけで、そういう国です。

だいぶ前から考えてるんです。
祭祀的な生活。
なぜかと言えば、天皇陛下の祭祀は祖先祭祀・自然祭祀なわけで、これは一般の私たちだって同じことをしてもいいし、むしろしないと一体感が生まれないと思うから。

「神棚を置いて祝詞を」とかいろいろあると思うんですけど、いきなりはできないよなーなんて、ちょっと言い訳っぽいけれど思ったりします。大人になるまではっきりとした祭祀的行為をしていなかったから、なんとなくハードルが高いような気がするわけです。

じゃあどうしようかっていうことで、結果的に祭祀の心が生まれればいいと思って始めたのが、家庭菜園でした。
家庭菜園というとただの趣味みたいに思う人がいると思いますが、これは小規模農業と言ってもいいです。
正確に表現するなら、僕が始めたのは自然農法による小規模農業です。

どういうことをするかと言えば、とにかく自然の力に任せる。極力耕さない。極力肥料は使わない。太陽の光と水と土だけ。(他の作物の葉っぱや枯れ葉、米糠などは使います)
できない日はありますが、仕事に行く前と仕事から帰ってきた時に菜園を見て、ちょっと手を添えるような感じで世話をする。

これがなかなか上手く行きません。
急には土がよくならないとか、日当りが不十分な場合もあるし、手入れの過不足な場合もある。

そして何か収穫したら、それを仏壇やお墓などに供える。

そんなことを右も左もわからずにやってみてます。
小さな菜園でお世辞にも良い結果が出ているわけではないですが、わずかな収穫があると嬉しいし、太陽と水と土の力を感じるし、食べると美味しいし、ありがたいという気持ちになる。
食べ物がないと生きていけないという当たり前のことを実感してありがたいと思うわけです。
そして、それをご先祖様に供えるときに、ご先祖様がいたから今ここに自分がいるんだということを実感してありがたいと思うわけです。

世界で最も歴史のある国家が日本。
世界で最も長い家系が皇室。
奇跡のような国なんですが、根幹は先祖と自然への感謝だと思うんですね。
それを続けてきたのが日本だし天皇です。
だからその一員として同じことをやる。
そうすると一体感を感じる。

過去と未来をつなぐ今に生きてる自分が、どこから来てどこに行くか、なんていうことを考えながら、こういうことをやってみる。
簡単でいいと思うんですけね。これなら続きそうだし。難しいことは追々覚えればいいし。実質的な祭祀的行為だと思うし。