カテゴリー: History & Culture – 歴史・文化


請願の内容は以下の通りです。

「日本国憲法」(占領憲法)と「皇室典範」(占領典範)に関する請願

1 憲法問題、典範問題、拉致問題、領土問題、教育問題、原発問題などの解決のために必要な国 家再生の基軸は、原状回復論でなければならないことを東京都知事、副知事及び都議会議員その 他の特別職の公務員並びに一般職の公務員の全員が自覚すべきであるとする都議会決議がなさ れることを求めます。

2 占領憲法(昭和21年11月3日公布、同22年5月3日施行「日本国憲法」)が憲法としては無効であ ることを確認し、大日本帝国憲法(明治22年2月11日公布、同23年11月29日施行)が現存すると する都議会決議がなされることを求めます。

3 占領典範(昭和22年法律第3号「皇室典範」)の無効を確認し、ご皇室の家法である明治典範(明 治22年2月11日制定「皇室典範」)その他の宮務法体系を復活させ、ご皇室に自治と自律を回復 していただくべきであるとする都議会決議がなされることを求めます。

請願者署名簿の画像をクリックするとPDFの請願者署名簿をダウンロードできます。

尚、署名は一人一回ですので、複数の同署名簿に署名されないよう注意してください。

 

6月13日の午前中にこの請願に関連した集会が都庁にて開かれます。この請願の紹介議員の方も参加が予定されています。集会後は本会議の傍聴も可能です。

平日ということもあって時間の都合が付きにくいかもしれませんが、本請願に関心のある方は是非参加してください。集会は50名程度、傍聴は100名程度が参加できます。
昨年は自民党参議院議員・西田昌司氏に紹介議員になっていただき、同様の請願が参議院に対して提出されました。
最近、石原東京都知事からも「日本国憲法は正統性がない法的に無効である破棄すべきである」といった趣旨の発言がなされています。

薄々、「日本国憲法っておかしくない?」と考えている人も多いと思います。制定過程にも実効性にもおかしな点が多い日本国憲法に対して疑問を感じているのではないかと思います。

【分かりやすい】『日本国憲法』新無効論 http://togetter.com/li/289527

睡眠不足を補ったり買い物に行ったりで、いつもよりは作業時間が取れない土日でした。
削り過ぎ、切り過ぎ、開け過ぎ、削り損じ、切り損じ、開け損じなどが目白押しで、ヒヤヒヤものの二日間でした。

土曜日にトリマーでネックポケットを座ぐって、ネック側のジョイント部分を仕上げて合体チェック。やっと表板の加工ができるようになったので、日曜日は表板の加工と、食事、風呂、トイレ以外の時間はギター作りに没頭。食事も時間が惜しいのであまり取らないし、休憩無し、水も飲まずに何時間も木と戯れるなんていう状況。やり始めるといつもこうです。

表板の裏にはブレーシングという補強材を貼ります。
ブレーシングには補強という役割の他に音の伝達を制御するという役割もありますが、どちらも経験がない、比べるものがない、ということで見よう見まねで、それ風にしかできません。
こういうことが、自分の意図を反映してできるようになるのはいつの事か。

幸運に助けられてなんとかここまできて、材料をゴミにしてしまわずに済みました。
ボディーとネックの中心線がブレなくて済んだのは、とにかく良かった。

自分が経験していないことは、他人の経験をお借りして対処します。
ネットには多くの情報がありますから、とりあえず収集して、選別して、理解を試みて、仮説を立てて、実際にやってみて検証する。
ブレーシングに関しても、「こうやればいい」みたいな例がたくさんありますから、その中から「たぶんこれでいいだろう」というものを選んでやってみる。
経験がないので、それがどういう結果になるかは予想できない。
これと同じ設計のギターが世の中に存在しないので、上手く行ったか行かなかったかを評価する比較対象がありせん。
弾き易くて普通に鳴れば僕としては満足ですし、このギター作りがギター作りの練習ですから、比較はしなくてもいいんですけど、次に似たようなもの、同じものを作るときの判断材料ぐらいは欲しい。まあ、今回のギターがその判断材料の一つにはなるので、気長にデータを蓄積するしかないんでしょう。

ブレーシングの情報は朝晩の通勤電車の中で調べます。
iPadとWifiルーターがあるおかげで、そういうことがやりやすい。
立って片手で扱うにはiPadはちょっと重いけれど、ノートブックPCのようなものよりは圧倒的に使い勝手がいい。
これのおかげで、朝起きてから寝る直前まで、息つく暇も惜しんで暮らす事ができます。
ITは人を忙しくするためのものです。笑

ネット上の言論には怪しいものが多いです。

天皇について語るとき、どうも似非保守系の文献が溢れているようで、元ネタが怪しいんですよ。何かの罠じゃないかと思います。あるいはタダの無知か。
完結に大事な点だけ書きます。

天皇は「君臨すれども統治せず」ではないです。
これは英国の話。
英語がしゃべれず英国の不文法を理解しなかった王だったから、実質的な政(まつりごと)をできなかった、させなかった、ただの置物だったという意味。
日本の場合は「統治すれども親裁せず」です。
天皇が統治するのが日本です。
天皇が「しらす」統治をするのが本来の日本の統治形態。「統治せず」は明らかに間違いです。

「君臨すれども統治せず」を言う人は、確信犯的に「日本国憲法」を(有効だとして)護憲する立場(改憲派も含む=有効だから改正という発想になる日本国憲法護憲の立場)の人です。國體破壊の性質を持つ日本国憲法、天皇を象徴という飾り物にする日本国憲法を護持して、國體を護持できない思想。その為の方便の1つが「君臨すれども統治せず」です。これはとても危険な表現です。

それと天皇が大事である敬う存在であるという根拠は、いろいろ書く人がいるけれど、皇室が我々日本人の宗家であるからですよ。ここを外すと國體論が歪んでしまいます。
「伝統だから」天皇や皇室が大事なんじゃない。

両親には両親がいてという命の連鎖を数えて行くともの凄い数になります。2のn乗を足して行った数字ですから、もの凄い数です。もの凄い数だから、自分の祖先と天皇陛下の祖先が重なるはずです。皇室は私たちの宗家だということ。だから大事です。その中心に天皇がいるということ。だから大事です。これは科学であり現実であって、観念の産物である宗教との決定的な違いです。

こういう中心がブレたら、何を言っても全部ブレます。

日本の不文法に従った立憲主義を尊重するかどうか。
祖先を敬うことができるかどうか。結果的に宗家である皇室とその長である天皇を敬うことができるかどうか。要するに祖先祭祀の実践ができるかどうか。
憲法や天皇といった国の根幹をテーマにして、なおかつ、日本の国柄(国体)を護持しようと言う立場なら、ここはしっかり認識した方がいいと思う。
そうしないと簡単に論理矛盾を起こします。

象徴天皇論なんていうのを言う学者は、日本国憲法が有効だという立場ですから、 天皇を飾り物にしながら天皇が大事だなんていう矛盾したことを平気で言ってる。
意図的にそうしているなら、これはかなり悪質です。

不文法(憲法)に従い、天皇が統治するのが立憲君主制です。
日本国憲法は不文法を否定し、不文法ではないので、日本国憲法が憲法だと言うなら、そこからは立憲主義は導き出せない。天皇を飾り物の象徴にし「君臨すれども統治せず」なんて言っているなら、そこからは君主制は導き出せない。
それではどこかの共和制国家と一緒。
日本人のほとんどがそんな国家になることに同意はしてこなかった筈です。
これこそが憲法違反でしょ?法に反する状態でいるわけだから。

意図的に解釈を歪めた憲法論や天皇論が氾濫しています。それに乗っかって、アレコレ言ってる。ちゃんと日本の憲法(典憲)を古いものから順に読めば、通説と言われて流布している情報が嘘なのはわかる。嘘に乗らないでください。

何年続いたとか、世界最古だとか、そういうことあまり関係ないんです。伝統が大事なのには理由があるわけで、その理由の方に着目しないと。

皇室の伝統が大事な理由を知っていなければ、「時代とともに言葉も服装も変わるんだから別に天皇が女系になったっていいじゃん」という反論に耐えられませんよ。少なくともそうやって反論してくる輩はどんどん出てくる。
こういう反論をする人には、いくら日本が世界最古だとか皇室は長く続いてきたとか言っても通用しません。

子供でも騙せないようなことを、平気で毎日のように書いている大人がいるという現実。
難しいことではないので、少し勉強してから発言して欲しいものです。

これもちょっと騙しが入っているような言葉だなって思います。
本質を表現するなら「制限貿易」という言葉を使うべきじゃないかって思います。

必要物資の自給体制があった上で、それに含まれないものは交易によって賄うということ。

もしお子さんがいて学校での社会の時間に「鎖国」について教わったら、「それは制限貿易って言って、食べ物や着るものは自分たちで作って、作れない物だけを輸入しいたり、余った物を輸出したりすること」くらいの感じで教えてやった方がいいと思います。

同意できるという人は、これからは「制限貿易」という言葉を使いましょう。

江戸時代は今より安定した社会だったんじゃないかなって思います。江戸は今で言う警察官がもの凄く少なかったというし、いろいろな文化が発展したし。そういうことっていうのは社会が安定していなければできません。

よく昔は良かった的なことをブログに書く人がいますが、どう良かったのか、なぜそれが良いのか、今はどうなのか、どうすればいいのか、などをよく考えてみる必要があると思います。

必要物資は自給して、それ以外を交易に頼るというのは、日本がもっと元気よくなるための鍵ではないかと思います。願わくば、そのような体制を各国、各民族に広げて行く。
石油、食料、水など、生きるために必要な物資は、地球上に万遍なく存在していません。偏在化しているという言い方をしますね。
これまでそれを取り合うということをやってきたわけです。 そのために戦争もしてきた。
欧米のほとんど国はそれだけではなく、人を奪う=奴隷という制度まで持っていた。白人はアジア人のような黄色人種やアフリカなどの肌の色の黒い人たちを、自分たちとは違う=人間ではない、ものとして扱ってきた時期が長く続いた。

エボニー アンド アイボリー♪ ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーが歌っていましたが、今では人種的偏見もだいぶ少なくなっているように思います。まだ多少はあるかな。
白人と黒人、あるいは白人とそれ以外の人種、のように分けて評価すること。そこに別の評価を加えて白人は優秀、それ以外の人種は劣等のような考えてしまうこと。
そういうものに人間は弱いようです。
何が善なのか悪なのかを、はっきり説明できないのに、善悪を判断してしまう。というか判断してしまうように仕向けられる、なんていうこともあります。
善とは何かを説明できないということは、善悪の評価軸なんて常にグラグラとするわけです。好き嫌いとか思い込みになったり、他者からの煽動によって変わったり。
そういうことが増えてくると、とても我が国で言うところの「和の精神」というものとはほど遠い社会になってしまいます。

逃れるコツがあります。
評価を先送りするんです。
すぐに評価しない。どうしても感情的になるから。
言い方が悪い、書き方が悪い、嫌いな人が言ってる、なんていうことで本質を見ないうちに評価してしまうことは防いだ方がいい。
評価を先送りして、一旦、受け止めてよく考える。

神武天皇の御詔敕に八紘爲宇というものがあります。

上則答乾靈授國之德、下則弘皇孫養正之心。然後、兼六合以開都、掩八紘而爲宇、不亦可乎。
(かみはあまつかみのくにをさづけたまひしみうつくしびにこたへ、しもはすめみまのただしきみちをやしなひたまひしみこころをひろめむ。しかうしてのちに、くにのうちをかねてみやこをひらき、あめのしたをおほひていへにせむこと、またよからずや。)

ここにはいくつもの都を覆って一つの家にする、というような事が書かれている訳ですが、融合とか和合とか、そういった概念があるのでしょう。

憲法十七條にもあの有名な「和なるを以て貴し」なんていう言葉が出てきますし、大和民族、戦艦大和など、「和」という言葉が使われることが多いです。
この「和の精神」は我が国の国柄に結びついていると思うんですね。
神武天皇の御神敕を真正面から受け止めれば、吾等は和を以て尊しとし、和を広めて行くのである。「大きな和」を希求する人々である。そういう使命みたいなものも、もしかしたらあるのかもしれません。

そういう考え方からすると、白人黒人を分けるとかっていうのは対局の思考だと思います。

この八紘爲宇の思想というか精神というか。これと制限貿易は関係があります。
制限貿易(必要物資の自給と余剰品の交易)で社会を安定させる、この場合の社会はとりあえず国としましょう。
他の国にもこの思想を広めて、他の国も安定するようにする。日本は海中の藻から石油を作る技術があったり、優れた農業技術、治水技術なんかもありますから、そういった技術を提供して行けば、「必要物資を自給する」という体制は作り易い。そういうことをやっていくのに一番近いところにいるのが日本ではないかと思います。
いきなり国という大きな単位でやるのは難しいから、都道府県、市区町村、家庭とできる範囲で取り組めばいいでしょう。

これは生活のフレームワークを変えてしまおうという話です。

今は金融資本(銀行屋)が世界をコントロールしようとしています。戦争を仕掛けることもあれば、食料の相場を操作することもあります。政治的なイデオロギーなどを越えたところで、政治がコントロールされます。イデオロギー対立なんかやってる場合ではないんでしょうけど、彼らはメディアを支配してそういう対立を作り出す事もします。

自由貿易という、「自由」なんていう言葉を使ってるからなんとなく良さそうなものも、実体は商品取引が発散しただけのもの。なんでも金で買う。どこからでも買う。そういうものです。銀行屋の仲間が独占するものもありますね。自由という言葉で出てくると胡散臭いものばかりです。

一つの物を作るのにも、長く複雑な工程に分業化されています。一時期IT業界でも、トレーサビリティーを上げようなんていう試みからICタグを使ったシステムの研究開発が盛んでしたが、これは無理です。今日食べたハンバーガーの原料、使った農薬、製法、誰がその製造に携わったか、複雑多岐でわけがわかりません。
金融資本主義も自由貿易も国際分業も、うまく行っているときは便利ですが、天災、戦争や紛争、政治的意図によって機能不全を起こしたら、予想しきれないリスクが発生します。こういうのを安定した社会とは呼べないでしょう。

なのに、政治家も官僚も今までのフレームワークの上で考えようとする。せっかく日本にはお手本となる思想や知と技の蓄積があるのに、そこから学ばずに戦後に作られたフレームワークの上で考えようとする。お金の分配、分け前の調整に躍起になってる。
そんな人たちが当てになりますか?

安定した社会で衣食住に困らなくて、文化が発達して笑顔が絶えない。そんな人々、国々が和合した社会。そういうものを望む人は多いと思うんですが、これを読んでいるみなさんはどうでしょうか?
今日明日にすべてが変わるわけではありませんが、今日明日にでもできることがある筈です。

まだ体調が今ひとつでしたが、午前中からお寺に行って檀家会の新年会に出ました。

いつも思うことですが、寺にはなぜあんなに金ぴかの装飾が必要なのだろう、なぜ何かにつけて金を要求するのだろう。
先祖供養というつもりで寺に行きますが、お経を読む限り先祖供養よりも「仏に帰依しろ」だとか「私は仏の子」だとか、そういうことを優先しているのは明らか。うちは真言宗の寺に墓があるのですが、これってどの宗派でも似たようなものではないかと思います。

聖徳太子の時代に仏教が勢力を伸ばしたのかな。
仏・法・僧 を敬えなんていうことになってきた。
日本には神道がありますが、神道は本来宗教ではなく祭祀であって、命を受け継いで自分が存在していることを先祖に感謝するもの。それと仏教のような宗教は、宗教対立を起こさないから両立しているというのが今の状態だと思いますが、年老いた檀家さんたちが大勢集まってお経を読み、僧侶の有り難い言葉を聞き、「自分は仏の子」なんてやっているのを見ると、集団催眠にでもかけられているのではないかと思ってしまう。

仏教が普及したとは言え、当時も「仏や僧侶は敬うべきもので、祭祀は怠らず実践すべきもの」というのが時の天皇のお言葉。寺との関係は付き合い程度と考えて、先祖への感謝を行動で示して行くことを優先すべきだと思います。

今日は初めて指板にインレイを埋め込む加工をしました。先週末に体調を崩したせいで、この土日はたくさん眠ることにして、ギター作りの作業は控え目にしました。あまり細かい作業は得意ではないので、インレイ作りを始めるときは腰が重かったんですが、夜でも静かに作業ができるので思い切ってやってみました。あまり上手くできなかったかな。どの程度にできるのが上手いのかどうかわからないけれど、自分の感覚では「これじゃダメ」って感じ。まあ、何事も経験。1回目より2回目、2回目より3回目が上手くできれば良しとします。

ギター作りの詳細はこちら。http://wp.me/PKQj5-tA

 

 

今日はカブを少し収穫しました。
間引きが不十分だったので大きくなりませんでしたが、 こんなのがまだゴロゴロあります。

これは葉っぱが美味いんですよ。早速みそ汁の具にして食べました。

日本は食糧自給率が低いって言われていますが、国産食材をなるべく選んで買って、家で少し作物を栽培すれば、食糧自給率の向上につながる。大勢がやらないと意味がないかもしれないけれど、ある程度のしきい値に達すれば弾みがつく可能性はあります。

ご先祖様たちの子である自分。ご先祖様たちは、たぶん、一人残らず我が子の健康な成長を願って生きたんだと思います。そういう人間の心は時代が変わっても変わらないはず。食糧は少しでも多く自給できるような体制にしたいです。

デモからの参加でも構いません。 お友達を誘って是非。
3万人ぐらい集まるかな?

http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/61385665.html

11・6 「錦の御旗 けんむの会」
「憲法無効宣言 国民大行進」

拉致された「憲法」
拉致された「領土」
拉致された「国民」
を救い出そう!

第九回 憲法無効論公開講座 東京大会
「憲法無効宣言」
国会請願  集会・デモ

≪大会の大義≫

「日本」とは「天皇」である
「天皇」こそ「日本」である
「天皇」が無くなれば「日本」もなくなる
天皇は「象徴」ではない「元首」である
自衛隊は「国軍」として「国民を守る防人」である
「日本の不二(ふじ)」である
「菊と刀」は、日本の誇りである
「菊」は・・・「天皇」である
「刀」は・・・「武士道」である
日本は「何を守るのか?」
「天皇」を守るのだ
祖国日本の「再生と甦(よみがえり)」は
占領憲法を無効にして
「日本人による、日本人のための、日本が誇れる明治憲法」に
復憲するのだ!

≪大会宣言の趣意書≫

何故・・憲法無効宣言を請願するか?
○「改憲・護憲」ではこの国は救えない!
一旦「憲法無効宣言」を発して
「明治憲法」に戻し
その「条項を改正する」道しか残されていない

開催日時
平成 23年 11月6日(日)
受 付   午後12時 00分
開 催   午後13時 00分
集会終了  午後15時00分
デモ出発  午後15時30分
開催場所
日比谷公会堂
東京都千代田区日比谷公園1・3
TEL(03-5532-1522)

来  賓   ご 挨 拶

基調講演

『占領憲法無効破棄 明治憲法 復元・・・改正への道』
「帝国憲法は生きている・・・・生きているのに何故?助け出せないのか?」

講師 南出喜久治先生

参 加 者

趣旨に賛同する全国民
思想・信条・宗教・性別・年齢不問

参加費  無 料

必需携行品

日本国旗
デモで掲げるのは「国旗」・「錦の御旗」のみ・・・他の旗はご遠慮くださいませ
垂れ幕・・・けんむの会作成のもの
各関係団体の旗や垂れ幕はご遠慮願い奉る

主催  けんむの会 会長
世界遺産 南朝皇居 吉水神社
宮司 佐藤 一彦(素心)

参加希望者・・事前予約先
連絡先 (0746-32-3024)

これで4年目かな。
今年を振り返っては。
今年は困窮の度合いが増し、昨年までのように遊んでいないので、たぶんあんまり面白くないなと思いながら振り返ってみます。

【1月】

5日 病気や怪我の治療
僕は医者とか薬が好きじゃないので、治せるものは自分で治そうとします。椎間板ヘルニアや花粉症は治せたし、骨折だって複雑なものでなければ医者いらず。やることは簡単な食事療法を中心に代謝と免疫力を向上させるだけ。

7日 Lee Ritenourという先生
Lee Ritenourという人はとても器用なギタリスト。なんでもできちゃいそうな感じがします。僕が初めてLee Ritenourを聞いたのは、ダイレクトカッティング版のCaptain Fingersでした。何度かテレビで演奏しているのを見て、右手のピッキングを真似したものです。あんな風にはできないけど。

7日 あえて暴力を肯定してみる
普段から暴力を振るうようなことはしませんが、必要なときもあるんだという話。心に剣を!

9日 痩せるのは簡単?!
ダイエットのコツみたいなことを書いてます。自然との調和が大事なんじゃないかなって思って書いたもの。

12日 神様と人間との関係
けっこういい加減なことを書いていますが、気分はわかるかもしれません。

13日 日本語の難しさ
いい加減なことを書いていますが、そのときに思ったことを書いたという形なので、まあ、これはこれでいいかな。理性偏重よりも本能とか直感を大事にした方がいいと思ってたので、なんとかそれを表現しようとしているように見える。

18日 Al DiMeola奏法 – Senor Mouse (Live)
アル・ディメオラのミュート奏法についてちらっと書いてます。PRSとOvationを買ったのは僕がアル・ディメオラファンだからです。

20日 軽い自己責任論
ときどき聞かれる軽い態度について書いたものです。

31日 シングルで行こう!曽我梅林編
寒かったし仕事が忙しくてなかなか自転車に乗れていませんでした。前年にピナレロをシングル化して、まだあまり乗れていないころのショートツーリング。

【2月】

1日 強さの3要素
心・技・体みたいなことを書いてます。まあ、当たり前のことを書いてるだけなのであんまり面白くないです。

11日 人が陥りやすいこと
けっこう人って思い込みで物事を判断しがちですよね。思い込みを防ぐにはどうするかみたいなことを簡単に書いていますが、あまりしっかり書けてないですね。

15日 シングルで行こう!河津桜編
シングル化したピナレロで初の300kmライドのつもりでしたが、帰りに不注意で車と接触。救急車で運ばれたという日記です。この時に指を骨折してしまいしばらくギターが弾けなくて悲しかった。

【3月】

12日 敢えて子供を差別するのが教育
教育論みたいなもの。一応これでも神奈川県高校教員試験合格者です。嘘じゃないよ。

14日 善と悪
今なら本能と理性という書き方をするのかもしれないけど、この頃はまだそういう思考をしてなかった。感じるままに書くというスタイルだった。

22日 悲観と楽観
『葉隠』を読んでて書きたくなったことを徒然に書いたもの。

【4月】

18日 シングルで行こう!三浦半島
ピナレロシングルをハイギアード化してすぐの時に走った記録。

22日 シングルで行こう!箱根1号線
ハイギアード化したシングルのピナレロで箱根に挑戦。この後、結局元のギヤ比に戻すことになりました。

26日 日本の独立記念日
祝うべき日を祝わず、祝うべきでない日を祝う日本。こんな日本に誰がした?みんなですよ。

【5月】

4日 ゴールデンウィークらしく自転車の旅
自転車仲間との猪苗代湖ツーリング。車載で行ったので距離はあまり走っていませんが楽しい旅でした。

5日 シングルで行こう!山中湖編
指もほぼ治ってきて久々に少し距離を伸ばそうと思ってシングルのピナレロで走ったときの日記。

7日 おばあちゃんに育てられて
所謂日本国憲法の第一条への疑問から始まって、宗教や本能について書いてる日記。

9日 二周年おめでとう!
ロードバイクに乗り始めて2年。シングルにして初めての300kmライドかな?

11日 論より証拠
頭でっかち批判です。やったこともないのに、頭で考えてわかったような気になることへの批判。最近増えたかも。ネットのせいかもしれない。だいたい、知識なんて、一人の人間が吸収しきれないくらいあるのに、どれだけ知識が欲しいの?っていう話です。そんなのただの欲望主義か行動(とその結果)を恐れる小心者。

30日 シングルで行こう!ぐるっと三浦半島
ロードバイクには変速なんぞいらんわい!とか言いながらコルナゴは変速機付き。

【6月】

6日 シングルで行こう!道志&山中湖&箱根編
この頃は事故後にあまり自転車に乗っていなかったので、なんとか体力を元に戻そうとしてた。乗らないとすぐに体力は落ちますね。シングルのピナレロだと200kmぐらいの距離を頑張って走るのがピッタリかな。シングルにする前は400kmぐらい走っても筋肉痛にはならなかったけど、シングルだとこの程度でも全身筋肉痛。

12日 シングルで行こう!富士山スカイラン
本当は富士山5合目だったんですけどね。天気が悪かったのと、かなり疲労していたので諦めた屈辱の日です。

【7月】

18日 シングルで行こう!熱中症
この日はTwitterで知り合った埼玉県議の諸井さんに会うために埼玉の羽生へ。長瀞〜奥多摩〜甲府を回って帰ってくるつもりだったけど、熱中症になってしまって諦めた屈辱の日でした。

25日 シングルで行こう!ガンダムを見に静岡へ!
実物大(?)ガンダムを見に静岡までのツーリング。この日は暑かった。シングルでの初200マイル超えのツーリングでした。

【8月】

8日 シングルで行こう!グルっと伊豆半島
恒例の鎮魂ライド。前年は断食伊豆半島一周ツーリングでしたが、今年はシングルで伊豆半島一周。シングルの方が苦しいと思ってましたが、断食ほどではなかった。1日の走行距離が355kmはシングルでは最長。当分この記録を更新することはないでしょう。

16日 自立というもの と パスタを食べながら食糧自給について考える
長く無職でいたりするといろいろなことを考えます。果たして自分は自立してるんだろうかなどと。
外国や政治家の文句ばかり言う人を見てると、なんかそういうのって他力本願な気がする。そういう態度への批判も書いてます。
それと、GDPが増えるのが経済発展、みたいなことを言う人への疑問も書いてます。なんだかいつまでも経済成長が続くっていうことを前提にしているみたいな考え方がおかしいと思うよ。経済評論家なんかの言うことを、あまり真に受けない方がいい。彼らは基本的には結果には責任を持たないんだから。

17日 子育ても親の介護もアウトソーシングですか?
自分の親の面倒ぐらい自分で看ろと。

21日 民間防衛(スイス政府編纂)読んで考えること
もうちょっと深く読もうという話。いい本でも読むだけで終わってはいけませんね。頑張ろう!

22日 教育ではなくて徳育
教育勅語のこと。覚えなきゃ。やっと最近、毎日一回は声を出して読むようになったレベル。

28日 陸上自衛隊の富士総合火力演習を観てきた!
御皇室御用達うなぎ!

【9月】 

5日 シングルで行こう!疲労困憊で白州まで
疲れが出ちゃって目的地まで行けなかった屈辱の日。なんか屈辱ばっかりだなぁ。笑

【10月】

25日 胸を張って生きたい
昔から関心のあった憲法問題。だいたい何が問題かがわかって、どうすべきかもわかってきたので書いた日記。ここに辿り着くまで長かった。

27日 キム・ヨナと民主党
認識が違うと言うことも違うという話。わかったつもりでわかってないという話。

【11月】

5日 いわゆる「ネトウヨ」なるもの
ネトウヨ考です。

6日 さりげない情報操作と洗脳
日米同盟と国民主権という欺瞞について。

10日 テレビもネットも似たり寄ったり
テレビしか観ない(ネットを見ない)人を馬鹿にする傲慢なネット住人への批判。情報弱者と言う前に自分が知的弱者であることに気づいた方がいい。

11日 現実主義ってなんだ?
「私は現実主義だから」っていう人が決して現実を認識しているわけでもないという話。

13日 なんか・・・いろいろと
おばあちゃん最強です。

【12月】

1日 愛国心とは何か?
わかったようでわかってない愛国心という言葉。帰化外国人に対して「国家に忠誠を誓えー」って叫んでる人を見て書いたもの。

2日 売国とは何か?
これもよくわかってないというか騙されているというか。洗脳って恐いですね。戦後の洗脳から解き放たれろ!

4日 自虐史観とは何か?
実は「自虐史観だー」って言ってる人が自虐史観だったりする。

4日 家族解体の仕掛け
夫婦別姓法案なんて表面的な問題。根源的な問題は憲法にあり。

5日 現実が見えてないのは保守の方かも
実は左翼よりも厄介な自称保守。ロジックがなくて情緒的。保守を口にするなら保守とは何かぐらいは理解したいと思うのです。できないなら言うなって話。

6日 自立とは何か?
似たようなことを過去にも書いているけど、勉強したり考えたりしてどんどん考えが整理されていく。まだまだだけどね。

15日 戦後最大の捏造
怒りの対象が違うぞという話。マスコミ批判をする人がいるけれど、大抵は支那や韓国がマスコミに巣食っていると思ってるみたい。でも、実際はそうじゃない。敵は他にもいる。

17日 夫婦別姓が家族を崩壊させるのではない・・・
目先のことにとらわれていてはいけないと思うんですよね。

19日 少し判り易くなったかな?新日本国憲法無効論
僕が知っている限りでは、日本の自立を勝ち取るための最短距離はこれ。理にかなってる。

20日 パンを食べると馬鹿になる?
本当に馬鹿になると思ってます。笑

21日 自由は最大限保障されるべき?
またまたぁ、ご冗談でしょ?

25日 日本人ならおさえておきたい東京裁判史観
いわゆる自虐史観についてです。あるいは奴隷史観と言ってもいいかもしれない。自分が奴隷だとは思いたくないのはわかるけど、よーく考えてみよう!

26日 日本人ならおさえておきたい自由と平等
自由とか平等とかって、意味がわかって使ってるのかな?そんな疑問から書いてみました。

29日 日本をダメにした・する張本人
自分も日本をダメにする日本人だったのかもしれない。反省してます。

30日 本当に目が覚めたのか???
もうちょっと頑張ろう!日本は強い国になる。

30日 いつまでも誤魔化すつもりか?後方支援は立派な参戦
こんな誤魔化しがいっぱい。丹念に探せば事実が見えてくることもある。なかなか見えてこない隠されたこともたくさんあるけど。

ということで、今年一年大変にお世話になりました。
新しい年が希望に満ちて明るく過ごせますように。

みなさん良いお年を!

自分の部屋じゃないんですけどね。
自分の部屋もたまには掃除しないといけないんだけど。

みんな暑い暑いと言ってますが、僕もまったく暑くないわけじゃないけど、暑くないと思えばそんなに暑くない。
そんな真昼の一番暑い時間、仕事の合間にバケツに水をいっぱい入れて行ってきました。
うちの近所にある神社の掃除。
前回行ったときにあまりにも薄汚れていたので少し気になってた。

人間の記憶なんていい加減なもんです。
子供のころからあったと思ってた石碑。
わりと新しかった。
何かあったとは記憶してるんですが記憶違いだったかな。

今日は大きなアゲハチョウが何羽も飛び回っていて、なんとか写真を撮ろうと思って狙ったものの、あまりに動きが早く結局捉えることはできず。
じっとしている蝶や蛾くらいしか撮れない。

こんなこんなで 小一時間ほどスポンジで洗えるところは洗って神社を後にしました。

神社の階段を下りるとそこには数匹の猫が。
野良猫の親子みたいで付かず離れずしている。

親猫の方は警戒心が強くてダメだったけれど、子供猫の方は好奇心が強いのか、じっとしてるとだんだん近くに寄ってくる。
それでも手が届きそうなところまではなかなか来ない絶妙な間合い。

蝶といい猫といい、それぞれが勝手に生きているように見えて、他の生き物との間合いというのを知っていて、絶妙なバランスの上で相互に存在を認識しているっていう感じ。
本能というのはその絶妙なバランスを知っているんじゃないかって思う。

そんなことをぼんやり考えながら帰宅。

なんかあんまり綺麗にならなかったなぁ。
次は亀の子たわしを持って掃除しに行こうかな。

今日は自転車で減量のために走るついでに平塚の七夕祭りを見てきました。

大船から江ノ島モノレールの線路の下を走って江ノ島へ。
そこからゆっくりと海岸沿いの遊歩道を海を見ながら走る。
家を出た時は晴れてましたが、湿気が多いので暑い暑い。

海にはサーファーがたくさん。
砂浜では子供たちが遊び、大人たちはバーベキューを楽しんでる。

上空にはエサを狙うトンビといういつもの湘南海岸です。

平塚までは自宅から約25km。
のんびり走って1時間くらいだし、急ぐ必要もないので、ときどき止まっては海を眺めたり写真を撮ったり。
防砂林の先に海が見えるという光景が好きで、しょっちゅう海を見てるのに、目の前に海が見えるとなんだかわくわくします。

平塚駅の近くに行くと、露天がたくさん出ていて、あちらこちらでイベントをやっている。
浴衣姿の人を見てるとなんとなく涼しい感じがします。

人が多いから自転車をひいて歩くのも大変。
邪魔になってはいけないと、少し遠巻きに露天の並ぶ通りを見るのが精一杯。

ズームするとこんな。

お父さんとお母さんと浴衣姿で着ている子供たち。
和みますね。

もっと色々写真を撮りたかったんですけど、やっぱり自転車は邪魔。
次回は電車で行って歩こうと思います。

小学生から大学生くらいまでの人たちかな。
七夕太鼓のイベントをやっていて黒山の人だかり。
汗びっしょりになりながら真剣な表情で一生懸命太鼓を叩く姿がとてもいい。

別の通りを見ると、こちらでは神輿を担いでる。
気合いが入ったかけ声が響いていて気分が高揚する。

公園ではフラダンスのイベントが開かれていて、ちびっ子たちが喝采を浴びている。
これが可愛いんだなぁ。

でね、実は人ごみが苦手なんです。
なんとなく疲れちゃう。
そこで静かなところを求めたやってきたのが平塚八幡宮。
こちらもすっかり七夕モード。

お賽銭を賽銭箱に入れて小さな願い事をする。
短冊にもたくさんの願い事が書かれていて、参拝した人々の様々な想いがある。
みんな願いが叶うといいですね。

のんびりしてたら雲が増えてきたのでここで七夕見物はおしまい。
帰りものんびり走って走行距離は50km。
今月もシングルで最低1000km、トータルで1500kmを走るのが目標。
ちょっと仕事が忙しくなってきたので難しいかな。

今月の走行距離:50km
PINARELLOシングルでの走行距離:0km

帰宅途中で雨がパラパラと落ちてきたので、今夜は自転車を走らせるのは中止。

職場にiPadを持って行って、技術ドキュメントを読むために使っています。
DropBoxで共有したPDFはPowerPointのファイルをあらかじめ同期しておいて、無料のリーダーで開いてパラパラとページをめくりながら読む。
なかなか読みやすくていいですね。

家に帰ってきてから、土曜日に雨の中を走ったPINARELLOの掃除をして簡単なメンテナンスをした後、iPadに入っているiBooksというアプリケーション用の電子書籍をいくつかダウンロードしました。
その中の一つがこれ。
新渡戸稲造の『武士道』(英語版 )

元々英語で書かれた出版されたので、これがオリジナルの文章なんでしょうね。
日本語訳のものは複数出版されていて、そのうちの2冊を何度も読みました。

製本された紙の本と比べてどうなのか?
読みやすいのか読みにくいのか、読書の楽しみとしてどちらがいいのか、そんなことをしばらく評価してみたいと思います。

うちは母があまり家にいなかったので、おばあちゃんが僕や妹の面倒を見てくれることが多かった。 おばあちゃんが育ててくれたと言える面もあるんじゃないかと思います。

初めて日本国憲法を読んだのはいつだったか覚えてますか?
記憶は曖昧ですが、僕の場合はたぶん小学校の5、6年生か中学に入った直後ぐらい。

前文を一部を引用しますね。

(引用)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
(引用終わり)

でね、この前文を読んだ(たぶん読んで聞かされた)時点で違和感があったんですよ。
そこで、最近なんとなくその違和感が何なのかわかってきたように思うので、それをまとめてみたのが今回の日記。

最初に書いたように、僕はおばあちゃんに育てられたようなものなんだけれど、朝晩に仏壇にお茶やご飯を備えてご先祖様に手を合わせる、みたいな毎日を目の当たりにして育った僕には、「われらとわれらの子孫のために」という部分が納得いかないわけ。
なんで「ご先祖様」が抜けてるんだと。

上に引用した部分は、主権が国民にあるという「国民主権」が前提であると言ってる。それが「人類普遍の原理」だとまで言ってる。 崇高であるとまで言ってる。

このブログ記事の写真を見て欲しい。
http://lovenippon.wordpress.com/2010/05/04/inaka-no-keshiki/
田舎の農村部に行けば必ずと言っていいほど見られる景色ですよね。
田んぼや畑があって、家があって、その近くにお墓がある景色。

日本には神道がある。
神道は厳密に言えば宗教ではないのは知ってますか?
神道は祭祀なんですね。宗教ではない。

かなり大雑把ですが、キリスト教では「神と人間の約束」、イスラム教では「神が人間を試す」、仏教では「仏の教えに従う」ということが大事だとされる。
そしてこれらは「地獄」や「災禍」という恐怖の概念や「人間は罪深い」という贖罪意識を持って、人間に自制を求める。言い方を変えれば脅迫する。
脅迫は言い過ぎ?
ところが神道にはそういうものがない。
あるのは「先祖を敬い」「子孫の繁栄を願い」「五穀豊穣を願う」ということだけ。
これが基本。
この違いは無視できないと思うんです。

誰にでも両親がいるでしょ?
その両親にも両親がいた。
さらにその両親の両親にも両親がいた。
これを疑うのは難しいです。
26代遡れば日本の人口よりも多い人がいたことになる。
現在の天皇陛下は125代目なので、その先祖の数はとんでもない大きな数になるし、それは僕たち一人一人についても同じ事が言える。
きっと先祖を辿れば、みんなも皇室のどなたかとつながっていたかもしれませんね。
そういう膨大な数の祖先の営みの上に今の自分があるというのが神道での「先祖への祭祀」の根底にあるわけで、この営みが永遠に続くことが「子孫の繁栄」ということで生きるためには食べないといけないから「五穀豊穣」を願うということになる。

一方、宗教は本当にいたのかいなかったのかわからない神や仏が登場してくる。
誰かが「神」を作ったのかもしれない。 フィクションかもしれない。
「神」の存在は人間が観念上の創りものかもしれない。
だとすれば人間が「神」を創り、その「神」が人間を作った、という循環論理=論理破綻があることになる。
少なくとも祭祀に比べると、疑う余地があるのは確か。

今や核家族化が進んで、おじいちゃんやおばあちゃんと住んでない人がとても多い。そういう人にとっては「われらとわれらの子孫」は日常です。
ところが「われら」はもの凄い数の「先祖」がいないと存在できない。

日本国憲法がアメリカの占領期間中に短時間のうちに作られ押し付けられてきたことを知っている人は多いと思うけれど、「国民主権」というのは日本の価値観ではないとうことを明確に意識してない人が多いです。
せいぜい「われらとわれらの子孫」のことしか考えてない。
そして多くの日本人がそれでいいと思ってる。
これは紛れもなく個人主義です。

宗教もそうでしょ?
先祖が出てこない個人主義なんです。神や仏と人間の関係が主で、家族や先祖との関係を言わない。

最近は「子ども手当」とか「夫婦別姓」とか、いろいろおかしな話が出てきているけれど、これらのおかしなものは全部これまでに書いたような「今行きてる人かせいぜいその子供だけが良ければいい」という個人主義の産物です。
その個人主義の産物を時の政治勢力が利用しているという構図です。
そして個人主義は、親が子供を育てるのではなくて社会が子供を育てるという「社会主義」や親子などの上下関係(人間関係の秩序)がない方がいいという「共産主義」にも見られます。
つまり、今の日本の民主主義と言われているものは、実は社会主義や共産主義と「個人主義」であるという点で親和性が高い。

最初、民主党の政策集を見て「なんとまぁ社会主義臭い」と思ったものだけれど、実は国民主権を崇高な原理だとする民主主義だって似たようなものだと思うわけです。
つまり日本国憲法のようなものが国の基本にあった場合は、民主党政権みたいなものが出てきてもおかしくない。
仮に政権が変わっても、日本国憲法を土台にした価値観が生き延びるのであれば、きっと似たような状況が現れると思います。

個別の法律がいいとか悪いとか、なんたら議員が馬鹿だの無能だのと言うのは、個別の議論・批判としてはいいと思うし、悪しき事例は作らない方がいいのは自明ですが、根源的な問題は「先祖があって、家族があって、子孫ができる」という疑いようの人の道が歪められていることであること。
ここをなんとかしないと、これから立ち行かなくなるんじゃないの?

ついでですが、僕はマザー・テレサの本を何冊か読んで、いくつかの名言があることを知っているし、それはそれで素晴らしいと思います。
でも、マザー・テレサご本人は年老いた親を捨てて、ああいう活動をした人なんですね。
普通の日本人なら、「年老いた親を捨てる」ことに大義を見つけるのは難しいでしょ?
そんなことをやる人は「人でなし」と呼ばれますよね?
マザー・テレサの行いの全てが悪いとは思ってはいないので、マザー・テレサ自身を批判するつもりはありませんが、これが宗教というものが本質的に持つ怪しい部分ではないかと思ったりもします。

さらについでに書きますが、子供が危険な目に遭ったら、親は我が身を省みずに子供を助けようとしませんか?
家族を守る(家族はシステムであり、システムは秩序を必要とする)のは人間の本能です。
人間は本能的に秩序を維持しようとするんですよ。
自分の命よりも秩序の維持を優先する場合があるということです。
こういう本能が薄れてきた人は、例えば神風特攻隊がお国のために飛び立ったことを、いろいろと屁理屈をこねまわして批判するんじゃないのかな?
神風特攻隊が守りたかったのは家族なんですよ。
上に書いたように、家族も先祖を辿れば膨大な数の人がいて、そんな人たちの努力の結果や希望を守るということにもなる。
つまり神風特攻隊が守ろうとしたのは、家族であり、民族の歴史であり、国であったということ。

そもそもいい加減に作られた憲法の上で生きていることは虚しいですね。
そして、その虚しさの上で、政争や政局を論じ合ってることも虚しいですね。

子供の日にあちらこちらでお祭りに出くわしました。
子供たちが神輿を担ぎ、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんがそれを見守り、時にはリードしている。
そんな光景を見ながら自転車を走らせていて、日本ってこんな国なんだよなぁと思った。

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