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Nature - 自然, Opinion - 意見

神様と人間の関係


最近は日本の神話やギリシャの神話などについて書かれた本を読むことが多いんですが、面白い話が多くて楽しいです。

神話にはたくさんの神様が登場します。
それぞれにキャラクターがハッキリしていて、人間の性格や感情のデフォルメしたような神様がたくさん描かれている。
アマテラスは太陽、ツクヨミは月、といったように自然を神様として扱っている。
古事記は神が国を統治した時期のことを書いていますが、 最後に初代の天皇が生まれて人間に国の統治をバトンタッチする。

たいてい人間には両親がいます。
その両親にもそれぞれに両親がいます。
そうやって時代を遡っていくと、もの凄い数の人がいたことになります。
でも、そんなに多くの人間が昔からいたわけじゃない。

もの凄い数の人はどこから来たのかと考えてみると、今いる自分はひょっとしたら神々の誰かが神あるいは人間との間で産まれた誰かの子孫だったんじゃないかと思うわけです。
そして神は大自然そのもの。
人間は大自然が産んだ子供ということなのかもしれません。
日本人にとって先祖を敬うことは神を敬うということ。そして大自然を敬うことを意味するんだと思います。
それが日本人の信仰心。

アマテラスはスサノウと賭けをしますが、弟に負けなくないからと嘘を言って勝ちます。
スサノウは姉に負けたこと、姉が自分を信じてくれないことを哀しみふてくされます。
アマテラスは自分がしたことを悔やみつつも負けを認めたくなくて、クヨクヨしたまま天の岩戸に引きこもります。
最高神のアマテラスでさえ間違いを犯すし、感情を理性で完全にコントロールができません。

なんとなく微笑ましいというか可愛らしいというか、完全なる神というイメージとはほど遠く、僕たち人間と変わらないと思いませんか?
日本の神々も、泣いたり、怒ったり、笑ったりする。
失敗をして、反省をして、立派な人格(神格)を身につけようと努力する。
そんな姿を想像すると、悩みがあったり苦しいことがあっても、多少は楽な気持ちになれるんじゃないでしょうか?

そんな神様の血を僕たちは受け継いでいるのかもしれません。
そう考えると少しあったかい気分になれました。

雑感

テレビやブログでいろいろと難しいことを言ったり書いたりしている知識人と言われる人たちの中には、物事を客観的に捉えようと必死です。
例えば司馬遼太郎さんは自分の国に対して「この国」という表現を使いました。
客観的に日本を見る目がこの言葉を使わせたんじゃないかと想像してます。

自分の親や子供を「この人」なんて言わないですよね?
親子の関係を客観的な視点だけで見るのは難しいです。
先祖を辿っていくと神様に行き着くのではないかと考えたときに、神様=大自然だし、神様が日本という国を造ってきたわけだし、自分と日本、自分と大自然、自分と神様の関係は客観的な視点だけでは捉えられないと思いました。
そう思うと僕には「この国」という言葉を使うのは少し抵抗があります。

客観的な視点は理性のなせる技です。
神様でさえ理性で心をコントロールできなかったわけで、理性が万能だと思うのは思い上がりかもしれないと、神話を読んでいて思いました。

kazz12211 について

Working as a OO programmer and enjoying music, bicycle and photography.

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