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Opinion - 意見

日本語の難しさ


Facebookで外国の友人から書き込みがありました。
日本語に(日本人の表現に)戸惑う外人が多いって。

言語の専門家ではないので飽くまでも感じた事を書くので間違ってるかもしれません・・・

日本語も中国語も漢字を使っているという点で似ていると勘違いしている人が多いようですが、この2つの言語はまったく違うと思います。
中国では新しい概念には新しい文字を当てますが、日本では新しい概念に対して、既存の文字を組み合わせて新しい単語を作るか既存の単語の意味を拡張します。できないときはそれがもし英語なら英語のまま採用する。 (と僕は思う)

日本人でも難しいですよね、日本語は。
思想信条が異なると、同じ言葉を違う意味で扱うことが多い。
法律とか論文のような厳密さを求められる文章の場合は問題が起きるんじゃないかと思います。
日本国憲法の解釈で政界が揺れるのだって、この日本語の難しさが原因じゃないかと思ったりもします。
僕のような言葉の扱いの下手な人は、厳密な文章を書けないという意味で、論文のような文章はなるべく書かない方がいいんじゃないか。
せいぜいブログで「こう感じた」「こう思った」ということを書いて、読んだ人が「いいように解釈」してくださいというのが精一杯。

言語として「曖昧さ」を多く含んでいるのが日本語(だと思う)。
「いいように解釈して」という部分が存在してしまう。(言葉の扱いが上手な人はそれを避けられれば言うことなし)

この「曖昧さ」は誤解を生むという点ではとても厄介です。
でも、物事には良い面と悪い面が必ずある。
「いいように解釈して」ということは、解釈する側に善意や好意があれば、人間関係に支障を来すようなケースは少ない思います。
善意の人同士では、この「曖昧さ」が一種の絶妙な間になるんじゃないか。
そう思います。
和を重んじる日本人の気風があればこその日本語なのかな?

でも、外国人には通用しませんね。
正確に考えを伝える努力を忘れてはいけない。
そう思いました。

少し脱線しますが、和の精神というのは日本人の特質の一つだと思う。
先日、日本神話を読んでいてとても印象的だったのは、アマテラスが天上で教育を受けた神を地上に送って統治をした方が平和な世の中になると考えて人選を行う話が出てきますが、最高神であるアマテラスでさえ、神々の意見を広く聞いて考えるというプロセスを踏んでいます。
聖徳太子の逸話を思い出させますね。

雑感

言語は理性だと思っています。
理性的な人は言語の扱いも巧い。
僕はあまり理性的な人間ではないと思うことも多いです。
「理性と心の釣り合い」が大切だとも思っていて、理性が心を支配するのは良いことだと思っていません。
僕の場合は理性をさらに高める努力が必要。

kazz12211 について

Working as a OO programmer and enjoying music, bicycle and photography.

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