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Opinion - 意見

敢えて子供を差別するのが教育


敢えてです。

実は学校の先生になろうと思って大学に行きました。いろいろあって考えを改めましたが、教育に関しての興味は依然持っています。
最近、勘違いしている大人が目につくので、いつも思っていることを書いてみます。

まず、子供には自立して生活できる大人と同じ自由はありません。
自分の力で学校に通ったり、病院で治療を受けたり、ご飯を食べたり、おもちゃを買うことができません。
大人の保護がなければ生きていることさえできません。
親が保護者と言われるのはそのためです。

保護される立場の子供は決して大人と対等ではない。

生存権のような人権の話ではないので、誤解なきようお願いしますね。

さて、ここからが本題。

大人が子供にしてやらなければいけないのは、立派な大人になれるように教育することです。
少なくとも文明社会に生きる人間にふさわしい見識や良識を身につけさせないといけない。
身につけさせないといけない、つまりある程度は強制しないといけないのです。
小中高校の授業はもっと増やすべきです。

人間にとっては、物事を押し付けられるのは嫌なものです。
そんなときに必要なのが動機です。

あんなことをしたい、こんなものが欲しい、という動機です。

敢えて子供を差別するというのは、この動機を持たせるというつもりで使った表現です。

例えば、お父さんが高価なオモチャを買っても、決して子供には買ってやらない。お母さんが綺麗に着飾って美味しい食事を食べに行っても、決して子供を連れて行かない。
そうすることで、子供が「大人はいいなぁ、あんな凄いオモチャが買えて、あんな綺麗な服を着られて、あんな美味しいご飯が食べられて」と思う。
子供がそう思うように暖かい目で見守りながら仕向けて行く。

昔はお父さんが一番風呂に入って、おかずが一品多いなんていうこともあった。大人に対する憧れ、早く自分も大人になりたいという渇望、親が働いて養ってくれることに対する感謝、そういうものを感じさせる知恵です。
お母さんが着飾って友人と食事に行くと、いつもより美味しくない晩ご飯を食べさせられて、ちょっとだけ寂しい思いをして。ああ、やっぱりお母さんは凄いなぁと思う。お母さんがいないとダメなんだなぁと思う。

大人と子供をフラットな関係にしては、大人になりたいという気持ちは芽生えません。
子供のためになどと行って、何もかも与えてしまっては、大人になりたいという気持ちにはなりません。
子供のままでいた方が楽なんだから。
本当の優しさは何かを考えみて欲しいです。
友達のような親子?
そんなのは子供が立派な大人になってからにしてください。

お子さんのいる方、これから子供を持とうという方、是非ご一考願いたいです。

余談ですが、子供に対して「〜〜してあげる」という言葉遣いは間違えです。正しくは「〜〜してやる」です。

kazz12211 について

Working as a OO programmer and enjoying music, bicycle and photography.

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