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Opinion - 意見

善と悪


善と悪は誰の心の中にもあると思うんですね。
少なくとも僕はそれを認識している。

善とは何か、悪とは何か?
これはとても難しい問いで、価値観の拠り所によってひっくり返ってしまうこともある。
なので私の善が必ずしもあなたの善と同じとは限らない。

戦争だって、どちらも国益を守るとか、そういう正義を振りかざすし、その正義なるものを善と信じる。(というか信じないとやれないか)
人のレベルでは、人を殺しちゃいけないという考えが善だと思うのが、普通だと思うので、戦争の善悪と人の善悪は分けて考えるべきなんだろうけど、戦争は人がやるものだから、分けられないかもしれない。
これ、あんまり考えると迷いそうなので、この辺で止めときます。

ここから本題。
誰の心の中にもある善と悪。
たぶん僕の場合は、この善と悪を決める秤は、信仰、両親や祖父母からの教育などによって、いつの間にか形成されたんだと思う。
この秤は、これまでの歴史の中で、人の血肉に塗り込められていると思います。

頭のいい人は、頭がいいと思い込んでいる人もだけど、この秤をときどき調整しちゃいます。うまく調整できる人が頭のいい人で、うまく調整できない人が思い込んでる人。
調整というのは、ここではバランスを取るという意味合いで使っていますが、善と悪が同居していながら破綻しないということは、人格形成の上でとても大事だと思うんです。
自分の思想こそが正義である、善であると思い込むような左翼脳の人なんかは、あきらかにこの調整がうまくできていない人です。

善と悪。
この両方を自覚して知っているということは大事です。
悪を知らないと、他人の悪意や悪事を察知できません。
自分だったらこんな場合はこうやって相手を叩き潰してやろう、みたいな悪意を自分が持っていて、その上で他者の行動を観察するくらいのことはできた方がいい。

先週、子供手当や高校無償化の法案の強行採決がありました。
自分が与党側だったら、きっとこうするだろうなとか、そもそもこれらの悪法を思いつく側なら、きっとこういうものにするだろうなとか、悪意をイメージできれば、何が出てくるかなんて想像することができる。

一つ前のエントリーで「敢えて子供を差別する」という教育論っぽいことを書いていますが、最後に再び教育についてちょっとだけ書きます。

子供を立派な大人に育てるために、小さい頃にやんちゃをする経験を大事にして欲しい。
本能むき出しの行為とそこから出てくる可愛い悪意や悪事。
うまく叱って、善悪を子供に教えて欲しいものです。

kazz12211 について

Working as a OO programmer and enjoying music, bicycle and photography.

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