「論語読みの論語知らず」なんていう言葉もありますね。
どちらも頭でっかちじゃ本質を理解できないとか、そんな感じの意味なんでしょう。
往々にして、わかった気になってるなんていうことがあるものです。
今回のエントリーも徒然に書きます。
社会人になってどこかの会社に就職して、先輩や上司に叱られて、なんて理不尽なんだろうと思うこともあった。
ところが自分で会社を経営してみると、そうしなければならない理由がわかったりする。
でも、新入社員に「もし君が経営者だったら私と同じようにすると思う」などと言っても、たいていは理解できないし、そう言い放ってしまうと建設的な議論にならない。
気付くように言う、気付くまで待つ、という姿勢が大事だ。
それができないなら、むしろ何も言わない方がマシだと思う。
一時期、負け犬なんていう言葉が流行って、「専業主婦は働く女性の大変さがわからない」、「子供がいない人には子育ての大変さがわからない」みたいな罵り合いを見たことがある。
結婚してないのに結婚とは何か、子供がいないのに子育てとは何か、介護をしたことがないのに介護とは何か。
自分の言葉で語れないですね。
理路整然と説明すればわかると考える人もいるけれど、これも無理でしょ?
説明できないことが多いのは、少し考えてみればわかるはず。
特殊な才能がない、あってもそれを活かせないという人もいる。
歴史上の偉人だって、もしかしたら、同じ事を考えている人がたくさんいて、たまたまその人が評価されてスポットライトが当たっただけかもしれない。
政治家よりも派手な化粧をした若いお母さんの方がマトモな事を言うことだってある。
先日、ベストマザー賞の授賞式がありましたが、ある一面だけを見れば、優れたところのある人たちかもしれないけれど、最高の母とまで言えるものかは疑問。
個人的には子供を立派に育て上げたお母さんはみんながベストだと思う。
結婚できない・しない人もいて、結婚しても子供を作らない・できない人もいて、子供ができても離婚する人もいて、何を間違えたか子供が立派な大人になれない場合もあって。
生まれて、成長して、大人になって、また次の命が生まれて・・・
そういう本当のことの繰り返しが尊いと思いませんか。
母の日に、これを書こうと思っていましたが、ちょっと照れくさくて書けなかった。
頑張ってるお母さん万歳!
論より証拠。
疑いようのない真実こそ正義です。
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